in 博士号への道

忘れてしまった留学生の痛み

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今週から私の博士課程2年目の春学期が始まりました今日のブログはあまりまとまっていませんので、読みづらい箇所が多いと思います。予めご了承下さい。

私は休み中仕事もあったので、別にお休みという気はしませんでしたが、これからまたあの長い授業が始まるのかと思うと、嬉しい反面ちょっと辛い気持ちもある((((;゚Д゚)))))))のも正直なところです。

今学期は先学期から引き続いてスーパビジョン(落ちたわけではありませんw( ̄o ̄)w二学期履修しないといけないんです!!)と定量的研究(統計の研究のクラスです)を受講することに。スーパビジョンのクラスはもちろんカウンセリング学部のクラスなので知った顔ばかりですが、定量的研究は教育学部の博士課程全体から生徒が受講しにくるのでクラスでカウンセラーは私一人でした。

初めてのクラスでするのは自己紹介。カウンセリングのプログラムでは私を入れて8人だけなので、いまさら自己紹介もないので、省略。でも定量的研究クラスでは8人だけでしたが、初めての顔ばかりなので自己紹介をしました。私は「カウンセリング学部の博士課程学生。今年で2年半になります。研究テーマは・・・・」とまぁ普通の自己紹介だったのですが、自己紹介後の休憩時間にある学生が近づいてきて、「Yuimaはcitizenshipを持っているんだ?」って聞いてきました。彼はサウジからの留学生で、博士課程を始めたばかり。アメリカで第二外国の取得について研究する予定だそうです。私が自己紹介の時にInternational doctoral studentではなく、ただDoctoral studentと自己紹介したためにそう思ったそうです。

クラスの後にちょっと考えてしまいました。私は今までに三種類のビザを使ってアメリカで生活してきました。最初は交換留学生としてのJ-1ビザ、次はフルタイムの修士課程学生としてのF-1ビザ、そして結婚を経てグリーンカードを取得し仕事と博士課程学生をしています。前学期のクラスの課題で書いたのですが、その三つのビザで経験したアメリカ(奇しくもセントルイス)は三様でした。最初のJ-1ではまるでお客様気分(ハネムーン期とも言いますが)でアメリカにいました。見るもの全てが新しく、楽しい経験でした。次のF-1での生活は、辛く厳しいものでした。第二外国語の英語を使い大学院レベルの授業は、学士を日本で取った私にはとても辛いものがあり、ほぼ毎日のように体の痛みに悩まされ泣いている日々でした。そして卒業、OPTを使っての初就職、結婚してグリーンカード申請とともに博士課程への入試、そして現在に至ります。

サウジから来たそのクラスメートを前にして、自分が経験したアメリカの走馬灯が目の前をさーーーっと過ぎていったような感じがしたのは、彼がF-1で修士を始めた時の不安でいっぱいの私に似ていたからでしょう。

F−1の時の私にはなかったものは、人生の伴侶、仕事によって生活を保障されていてしているという安心感、社会人としての責任感、カウンセラーとしての経験、知識、そしてグリーンカードという大きな”特権”でしょうか。得るものがあれば失うものありこれらを得て失ったものは、知識が増えたための恐怖感、(自分を含め人への)優しさ、留学生であるという言い訳、そして何よりもF−1ビザ所有者の不安や痛み、そしてF-1当事者として他のF-1学生を理解できないことでしょう。

理解していない証拠として、自己紹介の時に自分はなんの躊躇もなくDoctoral「博士課程学生」だと名乗ってしまえる自分がいました。自己紹介の時ににInternational student「留学生」を無意識のうちに付けない=特権を受けている自分、が垣間見えてしまいました。グリーンカードを取得しResident student「正規学生」になってわかりましたが、毎回自己紹介の時にInternational student「留学生」を毎回言わないといけない身分というのは、周りの人に「私はここの出身ではなく、一時的な学生ですよ」とわざわざ宣伝させられているようなものなんですよね。留学生であるからこそ得られる特権もあるのですが、大学院レベルの学生としてこのラベルはきつい。いつまでたっても他の学生から一人前に見られないから。いつまでたっても「結局は将来は国に帰る人なのよね」という目で見られるから。どうあらがいても同列に見てくれないという痛み。その苦しみを本当に久しぶりに思い出させてくれた出会いとなりました。人に共感し、援助するカウンセラーであり異文化カウンセリングのスペシャリストになろうとしている私がこの感覚を忘れていたのは、恥ずかしいと心から感じました。初心忘るべからず。いい出会いに感謝です。

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アメリカセントルイス博士号留学

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2 Comments

Kiko  

私が学生だった頃は、かなり昔なので、Yuimaさんのブログを読むまで、その頃の事をすっかり忘れていました。 私もJ-1とF-1で来て、グリーンカードを取り、今は、Citizenshipを持っている状態です。 Yuimaさんと同じようにJ-1の時は、楽しくすごし、F-1の時は、英語でのクラスを取る事の難しさに何度も泣いたよね。 

日本からやって来た私たちは、簡単にF-1のVisaが取れたじゃない。 しかも、長く居れた。 私の時は、5年。 多分、今も同じだと思うけど。 けど、サウジの留学生は、Visaを簡単に取れなかったと思うのね。 それと多分、色んな規定があると思う。 Yuimaさんのブログで言いたかった事とちょっと外れているかもしれませんが、私の中に有る優越感と言うか、今の自分があるのは、その過程を通ってきたから? 

J-1の時は、何も考えず、楽しい。 又、来たい。 もっと長く留学したい。

F-1の時は、長く居れる特権を得たけど、勉強しないとここに居れなかったし、学生で無いとここに居れなかったわけで。 英語で勉強する事の難しさ。 アメリカの大学でアメリカ人に混じって勉強する事の難しさに何度も悔しい思いをしたものです。

グリーンカードを取って、アメリカの銀行で働いた時辺りから、少しずつ色んな事が見え出して、頑張れば、外国人であろうと認められる事が分かって。 それでも常に私は、グリーンカードしかない外国人って事が頭にありました。 免許にしても、ソーシャルセキュリティーにしてもグリーンカード所属の外国人として載っている訳で。 就職する時もグリーンカードを見せなきゃいけないし。 

Citizenshipを持っている今は、グリーンカードを持っている時と違った思い。 数ヶ月前に免許のRe-issueに行って来た時にCitizenになった事にStatusを変えたからねとDMVの怖いおばさんに言われました。 この怖いおばさんは、私がCitizenと分かった途端にニッコリ笑い優しくなりました。 Citizenになった事で、アメリカに永遠に住めるんだ・・・もうグリーンカード所属でないんだ・・・と安堵感を感じたの。 Citizenになったのは、アメリカで生活してから27年後。 もう誰にも何も言われずにアメリカで生きていけるって嬉しかった。 

Yuimaさんが、留学生の苦しみを忘れていたのでなく、経験をして過程を過ぎ、今の自分があるわけで。 恥ずかしい事でなく、それで良いのだと思います。 

長々とゴメンなさい。 Yuimaさんの言いたい事とずれてたら許してね!   

2016/01/24 (Sun) 08:55 | EDIT | REPLY |   

Yuima  

Kiko様

いえいえ、私が言いたいこととぴったしです!私はグリーンカードホルダーで一生を終えるつもりなので、Citizenshipの気持ちは経験できそうにないのですが、Kiko様の感じた経験と私が感じたものは似たところが多いと感じました。やはりどこかで劣等感というかどうしようもない壁っていうのはimmigrantとしてありますよね。今の私があるのはもちろん今までの過程があったからなのですが、私はそれを得たからこそ失ってしまったものあると気がつきが異文化カウンセラーとしてちょっと危機を感じてしまいました。特権=良いもの、ではなく、むしろカウンセラーとしては気を付けないといけないものと教えられるので、こういう考えになったのだと思います。
ながーい変な記事をちゃんと読んでいただき、素晴らしいコメントまでいただきありがとうございます。Kiko様のコメントはいつも励みになります!!

2016/01/24 (Sun) 10:26 | EDIT | REPLY |   

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