in 博士号への道

博士過程の学生になるということ(アメリカの場合、博士編)

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ブログの更新が週に一回のペースになってきています・・・。仕事、カウンセリング、宿題、授業のバランスを保つのが大変で、ブログをチェックすることさえも出来ていません。見に来ていただいている人にがっかりさせていたら申し訳ありません。。。今日は前回に引き続きアメリカ博士号の生徒になるということをお話したいと思います。前回修士学生の真剣さはすごいよーっとお話しましたが、博士号は果たしてどうでしょうか?また日本とはどのように違うのでしょうか?

博士課程に入り4週間が過ぎましたが、修士とのはっきりとした違いを日に日に感じております。

①大学院が給料を支払うTA/RAという制度がある
これは学部によりけりですが、ほぼ全部の理系の大学院そして文系でもちょっとこの制度があるところがあります。TA=授業をする。学士、修士レベルの授業が一般的。RA=研究アシスタントとして教授の研究を助ける。これをすると授業料は全額免除+毎月お給料が出る(大学に寄るが14-22万くらい)。修士でこのポジションを持っている人もいますが、それは学士レベルで教えられるクラスがあるため(たとえば、心理学は学士からある学部なので、修士学生で心理学を学士に教えている人はいます)。なので修士から始まるカウンセリング学部では出来ません。

②卒業するまでに時間がものすごくかかる
カウンセリングの修士は終えるまでに2-3年です。学部によっては1年というところもあります(アカウンティングとか)。博士は一般的に長く4-7年・・・・。試験に受かり、論文を提出して卒業なのですが、最初はクラスを数年取るのでそこで何年かかかってしまうのです。

③Doctoral Philosophyというタイトルなので、物事を哲学的に考えることが必要となる。
これが修士との大きな違いだと最近気がついてきたことです。修士のころは教科書のなかのことがすべてでした。ですが博士号に入ると、教授陣から求められるのはプロとしての対応。たった白黒で分けられないグレーのところを突っ込んでいくのが博士号です。

④先生と学生という概念が変わる。
今までは教授は”先生”で、あるいみその領域では絶対的な存在でした。しかし博士になると教授は先生ではなく先輩という感覚になります。教授によりますが、ニックネーム呼んだり、下の名前で呼ぶのを好む教授もいます。クラスでの授業でも教授はどちらかというとクラスの一員。以前感じていたヒエラルキーが徐々に薄れていっている今日この頃です。

これは私のUMSL counseling programに限るかもしれませんが、H教授に言われたのは”一番大変なのは入学すること。入っちゃったら、私達はそう簡単に君達を見限ったりしないよ”と言ってくれましたのがとても嬉しかったです。私と同じカウンセリングの博士号に入る学生は教授からPotential(潜在能力)を買われて入学を許可されました。その意味で、教授陣が必死になって私達を育てようとしてくれているのを日々感じます。それに答えるために学生の私達も必死になって勉強します。という感じでしょうか。まだ始まったばかりなのでなんともいえませんが、毎日とっても忙しいながらもとても刺激的なのは確かです。まだまだ先は長いですが、自分で決めた道。最期まで頑張ります。
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セントルイスアメリカ博士号

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6 Comments

みっち  

No title

Yuimaさん

お忙しそうですが・・・でも、とても充実してそうで興味深く読ませていただいています!
ドクター取るまでに、そんなにかかるのですね。でも、女性カウンセラーで博士号ってなんかカッコイイです(^O^)

私もちょこっと音楽療法等でカウンセリングを学んだので、なんだか奥が深いんだろうなぁと素人ながらに思ってしまいました。アメリカと日本だとやはり、カウンセリングや療法等に対する考え方が全然違いますよね。

2014/09/13 (Sat) 11:38 | EDIT | REPLY |   

Yuima  

みっち様

忙しいんです〜。毎日肩こりに悩まされていますが、まぁ自分で選んだことなので仕方ありませんw
今学期は新入生は女性ばかりの8人が新入生でしたよ。この中で何人が最後まで残るのかが恐いのですが、皆で支え合って頑張っています。

以前学ばれたことがあるんですねー。じゃあたぶん分かりますよね、私たちがやっていることも。日本だと心理学=カウンセリングですが、こちらはかな〜〜〜り分かれていますしね。今度それを書こうかな。アイデア感謝します。カウンセリングで学んだことは書けないので、たまにネタ切れで困っているんです。毎日勉強と仕事だけだし・・・。

2014/09/14 (Sun) 12:14 | EDIT | REPLY |   

リンリン  

頑張ってください!

物事を哲学的に考えることに反応してしまいました(・∀・)

大学に通ってた時、哲学の勉強は好きだったんですが、ディスカッションやレポート書いてる時は気が狂うかと思いました。 終わりが無いっていうか何というか・・・・。

それはともかく博士号に向かって勉学の道を進んでおられるYuimaさん、尊敬です♥ きっとすばらしいカウンセラーになられると思います!

2014/09/14 (Sun) 23:26 | EDIT | REPLY |   

poke  

No title

日本の大学と違って、アメリカでは進路に対してしっかりした自分の考えを持って先に進むのですね。授業も大変だけど充実していてやりがいがあって楽しそうです。
日本では博士まで進むと逆に就職に不利になるということもありますが、アメリカでは博士号が重要視される意味がわかりました。
なあなあで卒業してしまった私は、結局勉強したことは就職にまったく関係なく、お友達が出来て楽しかった、という学生生活でした(^^;)
もっとまじめに進路考えておけば良かったと反省です。

2014/09/15 (Mon) 10:38 | EDIT | REPLY |   

Yuima  

リンリン様

ありがとうございます!!
ディカッションは楽しいですよね〜〜!私も大好きです。たしかに哲学には正論がないので、レポートとかになると難しいと思います。だいたいあのような天才な頭になって考えるって言う事自体が、凡人の私には無理ですw

マスターでカウンセラーにはなれるんですが、博士にいくと教育者になるんです。なので良いカウンセリングの教師になれるようにがんばります。これからも宜しくお願いしますね。

2014/09/19 (Fri) 11:16 | EDIT | REPLY |   

Yuima  

poke様

そうなんです。けっこうはっきりしているようです。もちろん日本の大学院も博士号までいく方ははっきりした展望があるのでしょうけれど、アメリカはけっこうそれが顕著な感じがいたします。

就職が不利になる場合はこちらでもありますが、日本程ではありませんね。極めればそれだけの責任が伴いますが、つまりは就職もそういう責任を問われるポジションが存在するということになります。最悪自分で開業して、フォーラムとかに呼ばれてパネルディスカッションに参加している博士号保持のカウンセラーの方もいるそうです。

大学はでも本当に友達(支え)を作る場として大切だと思いますよ。私もそうでしたし。人生わからないですよね、本当に。

2014/09/19 (Fri) 11:20 | EDIT | REPLY |   

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